洋上レポート(14):ヨルダン寄港_難民キャンプ

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夕焼けに染まるシナイ半島を左手に眺めながら、ゆっくりと船は進みます。
翌日、ヨルダンのアカバに寄港です。

アカバはヨルダン唯一の港町。船で紅海へと出られる大切な港です。
港では、民族衣装を着たヨルダンの人たちが、楽器の演奏や踊りでピースボートを歓迎してくれます。

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今日は保育士同行ツアーの『パレスチナ難民キャンプとペトラ遺跡』のツアーの様子をレポートします。
今回の参加メンバーは、1歳8ヶ月のかおるくんと、6歳のないきくん。

ないきくんはバスの中から、「あっ、ヨルダンのはただ!!」と食い入るように外を見ています。

ツアーは長ーいバス移動からスタート!!
デザートハイウェイという砂漠の高速道路を、ひたすら北へと向かいます。
「砂漠」と聞いて想像するような砂の砂漠ではなく、ごつごつとした岩山が視界に広がります。
ところどころでラクダの姿も見えます。「あっラクダ!!」「ヤギもいる!!」と子どもだけでなく、大人も声を上げていっしょに楽しんでいます。
ちなみにヨルダンのラクダ、野生ではなく、放牧されているラクダだそうです。

4時間以上バスに揺られて、ヨルダンの首都、アンマンに到着しました。
難民キャンプに行く前に、腹ごしらえ。レストランで、ヨルダン料理をいただきます。

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ヨルダンを訪れた8月は、イスラム教ではラマダン、つまり断食月です。
夜明けから日没まで、食べ物も水も、つばでさえも飲み込まないという敬虔なイスラム教徒もいます。
ツアーガイドさんも、バスの運転手さんも、私たちが昼食を食べている間、ただ待ってくれています。

断食の話を聞いたないきくんは、
「どうしてあかるいときは、ごはんたべないの?」と素朴な疑問を口にします。

「世界には、毎日、食べたくてもご飯を食べられない人、のみたくてもきれいなお水を飲めない人がいるでしょう?その人達の気持ちがわかるように、1ヶ月間、せめて昼間は何も食べない時間をつくるという決まりなんだって」というスタッフの愛さんの説明に、「ふう~ん」。
宗教のことは細かく分からなくても、違う文化の中で暮らしている人と触れ合える原体験は、とっても貴重です。

これから行く、難民キャンプの説明もしてみます。

「もともとパレスチナってところに住んでた人たちがいたんだけどね、急にイスラエルの国の人たちがそこに入ってきて、出て行けって言われて追い出されちゃったんだって。それでもうずっと長い間、隣の国の難民キャンプってところで暮らしてるんだよ。帰りたくても、帰ってくるなって言われるんだよ。」

と、簡単にお話します。ふんふん、と聞いていたないきくん。

「どうしてかえれなくなっちゃったの?」
「どうしてかえってくるなっていうの?」

そうだよねぇ、と思ってしまいます。
きっとパレスチナの子どもたちも同じ疑問を抱えているはず。いつまでも争いを続けている大人たちより、子どもたちの方がずっとシンプルに、大事なことを見つめています。

レストランからさらに1時間ほどバスで走り、いよいよマダバ難民キャンプに到着です!!
難民キャンプ、と聞いて、みなさんはどのようなところを想像しますか?

テントが所狭しと並んでいて、たくさんの人が住んでいる光景?
貧しくて、やせ細った子どもたちの姿?

実際のキャンプは、一見『普通の街』です。
ここからが難民キャンプだよ、と言われないと、キャンプの外の町との区別もつきません。
マダバ難民キャンプは、約60年前にできた難民キャンプです。最初はテント暮らしをしていたパレスチナ難民も、あまりに長い時間を難民キャンプで過ごしているため、テントが仮設住宅に代わり、やがてコンクリートの家になり、学校や職業訓練所もできて街を形作っていきました。
でもそこは、パレスチナの方々にとってはあくまでも仮の住まい。
パレスチナの家に帰りたいと願っている人 は大勢います。

また、一見普通の街と言っても、十分整っているという訳ではなく、子どもたちが自由に遊べる公園もなければ、職業選択の自由も限られています。
物質的にも豊かではなく、政府からの支援を頼りながら、貧しい暮らしをしている人が少なくありません。

そんな難民キャンプに訪れ、パレスチナの方々と交流する、まさにピースボートならではのコースに子どもたちも参加しています。
キャンプに着くと、まずは歓迎のセレモニーからスタート。

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パレスチナの方から歓迎の言葉のあと、日本人の参加者からもあいさつをします。ここで、ないきくんが登場!!実はバスの中でこっそり、お母さんと練習をしていました。最初はもじもじと恥ずかしそうにしていたないきくんですが
「はせないきです。にほんから、みんなにあいにきました。」
と言うことができました。

それからキャンプ内散策にスタート!!街の人たちや子どもたちが、温かい笑顔を向けてくれます。
難民キャンプに住んでいると、なかなか外国人に出会うことなんてありません。もの珍しい日本人の姿に、徐々に子どもたちも群れをなしてくっついてきます。
「ハロー!!ハロー!!」と手を振ってきたり、写真撮って、とジェスチャーでアピールしてきたり、人懐っこく接してきてくれます。

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次は女性のための職業訓練センターを訪れます。
パレスチナの刺繍が施されている小物入れや、カフィーヤという頭に巻く布など、様々なものが並んでいます。

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ビンにいろいろな色の砂を詰め、ラクダなどの絵を描いているサンドボトルも売っていました。
実際に作っているところを見学させてくれます。このサンドボトル、とっても器用に砂を流し、びっくりするほどきれいな模様や文字を描いていく、芸術作品なんです。
ないきくんは作品を作っていく過程に夢中!!一瞬たりとも見逃すまいと、じっとボトルを見つめています。ひとしきり最後まで見た後は、「これほしい!!」とサンドボトルを2個購入。サンドボトルを自分で握り締め、大満足でした。

ずっと眠っていたかおるくん。
ここでお母さんが、パレスチナの旗をモチーフにした帽子を買ってくれました。いつもは帽子嫌いだけど、寝ている間にお母さんがかぶせちゃいました。かおるくんに良く似合って、とってもかわいかったです!!

そして難民キャンプの子どもたちとも交流。折り紙を折ったり、いっしょに シャボン玉を吹いたりしました。
ないきくんは、お絵かきで交流です。ないきくんが地面に座ってお絵かきを始めると、わらわらと子どもたちが集まってきて、 あっという間に30人以上の子どもたちに囲まれます。ないきくんが描いているのはピースボートの絵。
自分ひとりで仕上げたいないきくんは、キャンプのお兄さんたちが手を出そうとすると、「No!!」と自分で英語で断ります。

「小さい子どもが絵を描いてるぞ!!」と盛り上がっているのか、パレスチナの子どもたちの間では「ナイキ!!ナイキ!!」とないきコールがかかります。黙々と絵を描き上げ、「できた」と顔を上げると、お兄さんたちからもわぁ~っと歓声があがりました。

交流の最後には、パレスチナの子に絵をプレゼントしました。持って行ってもいい?というようなジェスチャーを相手の子がすると、「OK!!」とまたもや英語で自分で応えるないきくん。すごいです、ちゃんとコミュニケーションを、しかも英語でとっています。相手の子はにこっと笑って、絵を握り締めて駆けていきました。

短い滞在時間はあっっという間に過ぎてしまい、キャンプを離れるときがきました。バスに向かっていると、子どもたちがいっしょになって追いかけてきてくれ、ばいばい、と手を振ってくれました。

ないきくんはこの日いちばんの、でもちょっと寂しそうな笑顔で、「See you!!」と一人ひとりに近寄ってお別れをしていました。最初はエネルギッシュなパレスチナの子どもたちに、びっくりしていたけれど、ちゃんと心の交流ができたんだなぁと感じました。

次の日の朝、「ないき!!ないき!!ってよんでくれたね」とお母さんに話していたないきくん。
一晩たって、改めてキャンプでの交流のことを思い出していたのでしょう。ないきくんが大人になって、「難民キャンプ」「イスラム」「パレスチナ」という言葉に改めて出会ったとき、ないきくんには、笑顔がたくさん溢れていて、とっても元気なお兄さんたちと楽しく遊んだ思い出が思い起こされたらいいなぁと思います。

さて、今日はアンマン市内のホテルでお泊まり。
明日は、ヨルダンの誇る世界遺産、ペトラ遺跡を訪れます!!

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